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扱いに困る2001年宇宙の旅

まず、SF映画ファンの中には俗に「2001年宇宙の旅派(以下「2001年」と「2001年派」)」と「スターウォーズ派(以下「SW」と「SW派」)」があるらしい。私は別にどっちの派閥にも属するつもりは無いのだが、どちらかと言えばやっぱり「SW派」である(笑)その最大の理由は「2001年」は「特撮は凄いのだが、話がわかりにくい映画」だからである。キューブリックは生前、この「わかりにくい映画だ」と言うマスコミの質問に対してこう言った。「いい音楽や小説は何度も聞いたり読んだりするだろう。(2001年は)いい映画なのに、なぜ何度も見ない?」と。しかし、これは逆に「何度も見んと、あかんいうことはやっぱりわかりにくいんや。」と、一般ピ-プルに印象づける結果となった。事実、公開当時の「日本SF作家クラブ」は「2001年」よりも「猿の惑星」の方を推薦している(「2001年」は当時の文部省推薦やけど(笑)) 。これは、本当は、「日本SF作家クラブ」とすれば、どちらかと言えば「2001年」を支持したいのだが、その驚異的な特撮技術は別にして難解で哲学的なストーリーは自分たちでさえ、よくわからないのに一般人なら、尚、理解できないと思ったからだ。故・野田昌宏宇宙大元帥が言うように 「SF」は「絵」だねえ!だが「映画」である以上、最低限の起承転結(フランス映画には起承転転や承転転結とかあるけどね)がある「物語」は必要、だと思うのだ。そして何度も繰り返しになるが、確かに、「2001年」はとても68年に製作されたとは思えない、寒気がするぐらい恐ろしいほどの高いレベルの「特撮技術」が施されている映画である。「SW」のように星なんか見えない(笑)漆黒の宇宙空間を飛んでいる「宇宙船」の窓に写っている、会話をしている乗組員の合成など当時はおろか、現在でも、と言っていいぐらい、CGならともかく、ミニチュアでの合成という意味から考えると、信じられないショットだ。だが、意地悪く言うとそんなシーンも含めて、幾ら、リアルで驚嘆する、未来で実現するであろうと思われる、宇宙の想像(イマジネーション)の世界のシーンがあっても、「2001年」で描いている世界ぐらいで、そこに本来の「SF映画」が持つ創造的な想像の世界があると言えるだろうか?(ボウマンが巨大なモノリスの中に入って行って光のシャワーを浴び続けていくシーンは感動したけど(笑))凄く極端に言えば、そこに宇宙船が飛んでいたり、乗組員が作業をしているだけ、ではないだろうか? (でもねえ。SF映画ファンにしたら、『宇宙船』が飛んでるだけも、『ロボット』がそこにおるだけでも、『金星ガニ』が襲って来るだけでも、充分、嬉しいから、ストーリーがややこしかっても、特撮がよかったら、別にいいんやけど。ねえ!ダース・マキノ氏!?)
実は「2001年」と全く構造が同じであるSFホラー映画があるのを、ご存じだろうか?そう、ジョン・カーペンターの私も大好きな、「遊星からの物体X」だ。この映画は、特殊メイク&エフェクトの大天才、ロブ・ボーディンが、デザインし造り上げた、ドロドログチャグチャベトベトのモンスターエフェクトが「やりすぎ、見せすぎ」であったため、映画の核たるストーリーである「誰が怪物なのか?」というサスペンスより、私を含めたSF、特撮ファンは狂喜して、「不定形で他者を吸収し同化していく宇宙怪物(BEMよ!)」の変形及び同化していくそのもののシーンの方を、この映画の全てと思って見ていたのだ。だから、ご年配のSFファンは「遊星からの物体X」を見て「劇場に手品を見に来たみたいだ」と言ってガックリしていたのだが、その「手品」と言う表現は私にも理解ができる。実際、DVDを見る時は怪物の登場シーンだけを再生して見ている(笑)ので、結局、私もストーリーよりも特撮重視(って、言うたらやっぱり怒られるかな!?)の「2001年派」の事を偉そうに言えた立場では無いのだが(笑)そしてそして、だからこそ、「ストーリーのための特撮」で「特撮のためのストーリー」になっている、確かにストーリーは幼稚だが、そういう意味では誰も文句が言えない、「SW」の方が「2001年」よりも優れているとは言わないが、「筋」が通っていると思うのだよ。アムロ君!
(バルカン星のダース・ベイダー)







 

 
 

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テーマ : 映画感想
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面白ければいいてことで

バルカン星のダースベーダーさんの評を読んで、「2001年派」と「スターウォーズ派」がいるなんて始めて知りました。おそらくかなりマニアック限定なんでしょうね。というのも「スタートレック派vsスターウォーズ派」というのはよく話題になりますが、しかし「2001年派vsスターウォーズ」はよく分かりません。比べる土俵が違うような気が、、、、、。
で「スタートレック派vsスターウォーズ派」という考えのお持ちの方には失礼ですが、そういうのは、はあまり好きではありません。だってどちらも凄く面白いから。スタートレック派の人達はスターウォーズを幼稚だと言うことが多いですが、それはおかしい。今あらためてスタートレックを見直してますが、一般に思われている程の知的なドラマではないですし、それどころかけっこう幼稚だったりします。逆にスターウォーズをじっくり観ればすごく奥深いドラマがあったりします。つまり今回に限っての何とか派は、お互いの映画を表面的にしか観ていないせいでしょう。昔TVで一般人の「スタートレック派vsスターウォーズ派」が集まって対決するような番組を観みしたが、やはりマヌケな意見の応酬だったような記憶があります。ほとんど内容は覚えていませんが、スタトレ派が「ファルコンの推進力がわけがわからない」とか言ってましたが、それならエンタープライズもしかりで、このテクノロジーもかなりはったりです。それ以外もいいかげんなテクノロジーや理論の応酬のようなストーリーが多いです。スターウォーズの場合、「遥か昔、別の銀河」という設定ではなから逃げてますが。
で、スターウォーズは最初からコアなファンの突っ込みをさけるため「SFではない」とルーカスが言い切ってます。プラス別の銀河なので地球の物理的な見解は通じませんよと。登場人物も人間ではいのでく、こんな描写はおかしいだのといった評論そのものが間違いなのです。それなのにスターウォーズを科学的見地から解く評やイベントがあったり、なんというか、本末転倒です。

「2001年派」と「SW派」

これは、旧「スターログ」の読者欄で、何回かに渡って論争が繰り広げられていた件を元にしている。が、プロと言われている人たちのあいだでも、誰かとの論争までは行かなくても、たまに、「SW」の方がとか、「2001年」の方が とか、と、言っている(笑)詳細は長くなるので(笑)書きませんが、私が敬愛する、関西が生んだ、筋金入りのSF・ホラー・ファンタジー映画のプロ、石田一大先生(知ってるかな?)も「映画は娯楽なので、2001年より、SWの方が好きだ」(笑)と、はっきり述べておられるのを始め、多分、彼らが、SFそのものより、物語 のおもしろさの方を追求しているからであると思うが、「スターウォーズを貶す人は、神話や昔話が嫌いな人だ」と言っている、筒井康隆氏や故・星新一氏も、どちらかと言えば、「SW」派である。一方、「2001年派」の代表的なプロの存在は、「スターウォーズや未知との遭遇は、クラシックになるが、2001年は、いつまでもクラシックにならない」と言っている、故・手塚治虫氏と、現在の映画評論家の中で、一番、SF映画に詳しいと思う石上三登志氏だ。特に石上氏は「2001年宇宙の旅から生まれた、スターウォーズと未知との遭遇」と言っている。ということは、2001年が無かったら、SWはでけへんかった?ちゅうことである。「そんな、アホな!」と私は思うが、この件については、またということで(笑)この辺で失礼しようと思う。ダース・マキノ氏も言っていた、「スターウォーズ」対「スタートレック」は別にして、その他にも、アメリカのファンの間では、「スターウォーズ」対「未知との遭遇」とかもあったのだよ
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SFをこよなく愛するペーパークラフトクリエイター
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